クローン人間って作れるの?

世界初の哺乳類の体細胞クローンの羊が誕生したのは1996年7月。あれから20年以上も経った今、人間のクローンもとっくに完成していると考えても不思議ではない。しかし、倫理(りんり)的な問題から作ってはいけないという意見は当然出てくるだろう。人間のクローン作成は可能?なぜ倫理的にNG?そもそもクローンって何を考えよう。

マー君
マー君

ディアボロ先生!クローンって何?

体の細胞には「核(かく)」と呼ばれるものがあるんだ。その核の中にはDNA(デオキシリボ核酸)という遺伝情報が入っている。例えば、マー君の核を取り出して、核を取り除いた卵細胞に移植して生まれた子どもは、マー君と全く同じ熊になるんだよ。これがクローンと呼ばれるものだ。

ディアボロ先生
ディアボロ先生
マー君
マー君

僕の遺伝子だけを子どもに伝えるってことだね?

そういうことだね。卵細胞にも遺伝情報が入っているから、卵細胞の核は取り除いておくんだ。そうすると、核を提供したマー君だけの遺伝情報だけが使用されることになるから、結果としてマー君と同じ熊が生まれるってことだね。

ディアボロ先生
ディアボロ先生
マー君
マー君

僕の細胞を使って僕が生まれるのか〜!それって僕なの?

体の設計図はマー君なんだけど、マー君ではないよ。

ディアボロ先生
ディアボロ先生
マー君
マー君

設計図は同じでも一緒じゃない?

まだ、人間のクローンが公(おおやけ:一般に通ずる)に作られてないから、どういう結果になるかはわからないんだけど、もしクローン人間が作られても、それは元の人間とは別の人格(権利や義務を負う自由意志を持つ主体として)を持つものであるはず。設計図は同じでも、それは同じ人間ではないと言えるのは、生物それぞれに自由な意思を持つからだね。

ディアボロ先生
ディアボロ先生
マー君
マー君

もし、僕と同じ設計図をもつ熊が生まれても、僕の意志で動く訳じゃないんだね!でも変な感じ!全く見た目も中身も同じなのに僕じゃない熊が生まれる技術があるなんて。

クローン羊のドリー

哺乳類クローンが初めて公に成功したと言われたのは1996年、スコットランドのロスリン研究所で生まれたドリーだ。ドリーは元の羊の核を、他の羊の卵細胞に移植して、代理母(また別の雌羊)によって生まれた羊なんだ。

ディアボロ先生
ディアボロ先生
マー君
マー君

もう羊だったらクローンがいたんだ!ドリーは元の羊の全く一緒だったの?

そうだね。体の設計図は同じだからね。だけど、5歳で関節炎を発症した。このドリーの元の遺伝情報が6歳から得たものだった為に、生まれながらにして老化していたという研究結果が出た。しかし、後にそれは否定された。単に怪我の悪化であったという意見もあるね。

ディアボロ先生
ディアボロ先生
マー君
マー君

じゃあ人間のクローンも作ろうと思えば作れちゃうの?

人間のクローンは作れる

クローン羊のドリーが生まれてから、クローン技術によってウシやウサギやイヌなど20種以上のクローン動物を生み出されてきた。2018年には猿のクローンを中国の化学チームが成功させた。これは霊長類ではじめての成功だったんだ。そう考えると、クローン技術は今でも研究されていて、進歩しているから、人間のクローンも作ろうと思えば作れるのかもしれないね。

ディアボロ先生
ディアボロ先生
マー君
マー君

作ろうと思えば?作ってはいけないの?

人間のクローンを作るのは、多くの倫理(りんり:人として守るべき道)的問題があるよ。

ディアボロ先生
ディアボロ先生

人間のクローン作成の問題点

・人間の品種改良につながる(意図的に優れた性質を持った人間の複製を作成する)

・両性(男女)の関与、偶然性の介在なしに生命が生まれる不自然性

・男女の関与ありの人間となしの人間間の差別発生の可能性

・成長が安全であるという保証が確保されていない

・意図的に生み出された生命の道具化の可能性

マー君
マー君

たくさん考えないといけないことがあるんだね〜!でも優れた性質を持った人間が増えることがどうしていけないの?

優れた性質を持つ人間とは何か?という事を考えないといけないけど、それを考えると劣った性質を持つ人間を同時に考えることになるね。そうなると、劣った性質を持つ人間に対する存在の否定が生まれる可能性がある。劣っているとは一面を見ているに過ぎないにもかかわらず、様々ある人間の能力の一部の低い能力を見て、その人間の存在を否定するようなことがあれば、それは危険な差別意識を多くの人に持たせる危険性があるよ。

ディアボロ先生
ディアボロ先生
マー君
マー君

本当だね!それに優れた性質って一体なんなんだろうって考えるわからないものだね。人それぞれ良いところも悪いところもあるもんね!

そうだね。それに良い悪いは見る人によって変わるかもしれないし、その時と場所によっては変わるかもしれないね。

ディアボロ先生
ディアボロ先生

臓器移植の可能性は?

マー君
マー君

ディアボロ先生!都市伝説みたいな話だけど、実はクローン人間はもう作成されていて、お金持ちは自分のクローンを作って、自分の悪くなった内臓をクローンのものと取り替えているって話を聞いたよ!どう思う!?

確かにクローンの臓器なら拒絶反応が出ないから臓器移植には最適だろうね。ただし、公には人間のクローンが誕生したという話はまだないし、ドリーが生まれてから20数年しか経っていない。もし人間のクローンが完成されていてすでに移植が可能でそれが当たり前のように金銭でやりとりされていると考えると、ドリー誕生の頃にすでに人間のクローンは完成していないといけないよ。臓器移植するくらい自分のクローンが安全に成長していないといけないからね。それは非現実的な気がするね。

ディアボロ先生
ディアボロ先生
マー君
マー君

やっぱり都市伝説なのかな!でも、クローンだったら拒絶反応がないなら、医療に使えそうだね。あっ!それってクローンの人間の人権を完全に無視しちゃってるね!

そうだね。さっきの問題点で示したけど、「・意図的に生み出された生命の道具化の可能性」の問題があるね。どのような形であっても、人間として生まれて人権を与えられていなければ、それは絶対に許されるべきではないだろうね。

ディアボロ先生
ディアボロ先生
マー君
マー君

じゃあ臓器移植はダメだね!

遺伝子組換え技術等によって、人に移植可能な臓器を持つ動物をたくさん作り出すことが考えられているよ。

ディアボロ先生
ディアボロ先生
マー君
マー君

動物と言われると僕はドキッっとさせられるけど、そんなことも出来るんだね!

研究がされていたのは事実だね。ただし、やはり人間ではないし、臓器移植によって人間にはない未知のウイルスに感染するリスクがあると考えられている。これも難しい問題だね。

ディアボロ先生
ディアボロ先生
マー君
マー君

そうなのか〜!山中伸弥教授のiPS細胞に期待だね!

そうだね。まだ、臓器のような立体的なものまで作るのは成功していないみたいだけど、人間のサイズに見合う臓器をiPS細胞で作成できる日が来るかもしれないね。その為には多額の研究費が必要だろうけど、価値のある研究だと思うね。

ディアボロ先生
ディアボロ先生

最近、中国や韓国ではクローンペットの作成が商売になっているようです。ペットとの死別は悲しいもので、その愛していたペットのクローンを作成することで、継続して愛し続けられるというもののようです。

この商売を耳にしたときに、私は違和感を覚えました。ここで、皆さんに想像していただきたいのですが、もし、自分の子どもが交通事故で亡くなったとします。愛していた子どもが突然死んでしまったのは悲しいことです。しかし、死に間際の子どもの細胞からクローンを作成できますよと言われてクローン作成を依頼するでしょうか?

姿形は死ぬ前の子どもと全く同じです。しかし、それは本当に自分の子どもなのでしょうか?

全く同じ遺伝子であるから同じであると考える人もいるでしょう。

では、次に自分の子どもの細胞を使って10人の同じ子どもを作成する事を考えてみましょう。子ども達は同じ遺伝子なので、姿形は全く同じです。10人はやはり遺伝子が同じなので性格も似ています(性格は環境要因が関わる)。10人はそれぞれ人格が存在していて、それぞれ人権があり、それぞれ一人の人間として存在しており、自分は自分であり、他の9人とは違うオンリーワンの存在だと確信しているでしょう。

一卵性双生児は、自分ではない相方について、自分ではないと感じているように、たとえクローンであってもそれは間違いなく同じはずです。

では、話を元に戻して、交通事故で亡くなった子どもと、クローンで作成した子どもは同じでしょうか?

あなたにとっては姿形から性格まで瓜二つのため、同じように思ったとしても、当の本人は別人であると感じるでしょう。それを知っても同じだと思えるでしょうか?

そのように考える私にとっては、ペットのクローン作成は結局のところ愛したペットの複製ではなく、別のペットを買うことと同じであると考えるのです。

しかし、複製をお願いした飼い主は同じペットを飼っている感覚があるとすれば、そこに強い違和感が私にはあるのです。

本当に愛していたのであれば、死をも受け入れてあげたいと私は思います。

なぜなら、私をもし愛してくれる人がいたとして、私が死んだ後にその人が私の複製を愛すなど気持ちが悪いと感じるからです。それは間違いなく私ではありません。その頃には私は天国か地獄か何もないものになっているからです。

遺伝子が同じでも同じ存在ではない。魂の存在を信じるかどうかはまた考えたいと思いますが、これだけは間違いない事実ではないでしょうか。

西 友広
  • 西 友広
  • 趣味:映画鑑賞(ジャンル問わず)
       山登り