なぜ性暴力被害者が責められるのか?

性暴力被害者は、被害者であるにも関わらず責められる事が多々あります。なぜそのような事が起こってしまうのでしょうか。これは日本だけで起こっている問題ではありません。被害者を責めるのは間違いでは?そもそも加害者が問題なのでは?そんな当たり前が通用しない原因を一緒に考えてみよう。

マー君
マー君

ディアボロ先生!どうして性暴力を受けた人が関係ない人から責められるの?ネットで服装の事とかお酒飲んだ方が悪いとかいっぱい書かれてたんだけど、悪いのは暴力をする人の方だよね?

もちろんそうだよ。

ディアボロ先生
ディアボロ先生
マー君
マー君

服装とかお酒飲むとかって自由だよね?男の人は被害に合わないかもしれないけど、女の人は被害に遭(あ)いやすいからって、被害を受けた人を責めるのはおかしいと思うんだけど。しかもさ、男の人が批判するんじゃなくて、女の人が被害を受けた女の人を責めるコメントが多くてビックリしたよ!

それは「公正世界信念」という考え方を持っている人の中にある価値観から来る批判なんだろうね。ちなみ「公正世界信念」説明の前に知っておいて欲しい事は、性暴力被害者の多くは決して露出の多い服装をしている人なわけではないということ。

ディアボロ先生
ディアボロ先生

性暴力被害者「露出が多い」は間違い

露出が多い女性が狙われるケースももちろんあるだろうけど、露出が少ない女性が襲われるケースは非常に多い。いわゆる普通の格好だ。だから、性暴力被害者は露出が多いと言うのは偏見である。

ディアボロ先生
ディアボロ先生
マー君
マー君

それは何となく分かる気がするね!この人なら後で警察に言ったり誰にも相談しなさそうだと思われる人が逆に狙われそうな気がするもん。

女性を意のままにモノ的に扱う事で性欲と支配欲を満たす行為だと論じる人もいる。だから、マー君の言うことも一理あるかもしれないね。

ディアボロ先生
ディアボロ先生
マー君
マー君

そっか〜。ちゃんと本当のところを知らないと勝手な印象を持ってしまうな〜。ところで「公正世界信念」ってなに?

公正世界信念とは

良い行いをしたら良い結果が待っていて、悪い行いをしたら悪い結果が待っているという世界観を「公正世界信念」と言うよ。

ディアボロ先生
ディアボロ先生
マー君
マー君

お金を拾って交番に届けたら良い事が待ってるとか?万引きをしてバレなかったとしても後で痛い目に遭うとかそういうこと?

そういうことだね。因果応報(いんがおうほう)という仏教用語もあるけど、言っている事は同じだね。じゃあ、どうしてそれが性暴力を受けた被害者が責められる自体に陥るのかを詳しく説明する前に、ジェラルドたちの実験を先に確認しておこう。

ディアボロ先生
ディアボロ先生

ジェラルドたちの実験

課外クラブに参加する為には電気ショックを受けないといけないというルールを設けた。一部の学生は「強い電気ショック」、残りの学生は「弱い電気ショック」を受けた。入会後に「強い電気ショック」を受けた学生たちの方が、「弱い電気ショック」を受けた学生たちよりも、そのクラブが好きになる傾向が分かった。

入会時に多大な努力を求められた方が、その結果得たものを高く評価する傾向がある。自らの努力を正当化する心の働きがある事が分かった。

マー君
マー君

不思議〜!あの痛みには意味があったと思いたいってこと?

そのようだね。はっきり言ってクラブの楽しさと電気ショックには全く関係がないはずなんだ。だけど、その儀式を耐えた事を正当化するというのは無意識に行われることのようだ。

ディアボロ先生
ディアボロ先生
マー君
マー君

無意識か〜。じゃあ、公正世界信念を持っている人にとっては、苦痛を正当化する心の働きが無意識にあるってことだね?

その通り。良いことをしたら良い結果が待ってる。悪いことをしたら悪い結果が待ってるという信念があれば、苦痛(悪いこと)に耐えたからこそ素晴らしいクラブに参加できた(良いこと)という結果が必要なんだ。もし、苦しい思いをしたのにクラブがつまらなかったら、公正世界ではなくなってしまうからね。

ディアボロ先生
ディアボロ先生
マー君
マー君

そんなの嘘だ〜!って言いたいけど、実際に弱い電気ショックを受けた人より強い電気ショックを受けた人の方が、クラブを好きになってるもんね。だけどさ、どうして性暴力被害者を関係のない人が責める事と、公正世界信念が関係するの?他人事なのにわざわざ批判しなくても良くないかな?

不運を認めてはいけない心理

そもそも、この世は不条理(ふじょうり:筋が通らないこと)な事が非常に多い。どうして障害を持って生まれたの?どうして生まれる前に死んでしまったの?どうして地震で死ななければならないの?どうして通り魔に刺されないといけないの?って考え出したらキリがない不運はいくらでもある。でも、それらは当人に責任があるとは到底思えない。

ディアボロ先生
ディアボロ先生
マー君
マー君

前世で悪いことをしたんだって言う人知ってるよ。それもあるのかもしれないけど、僕は前世の記憶がないから分からないや。

人間は自分の信念に反する事に遭遇(そうぐう)した時に、何か意味があるんじゃないかと考えて、信念を覆(くつがえ)すことのないそれなりの答えを出そうと努力する。もし公正世界信念を持っていれば、不運は認めてはいけないものなんだ。もし、不運を認めてしまえば、この世界に公正は存在しないと認めないといけなくなる。

ディアボロ先生
ディアボロ先生
マー君
マー君

別に認めなくても良いんじゃないの?

もし、この世が公正ではなく不条理なものだと認めると、次の点で困る事が起こる。

ディアボロ先生
ディアボロ先生

1、全ての努力が報(むく)われる訳ではないと認める事になる。

2、自分自身が不運にも災難に遭う可能性を認める事になる。

マー君
マー君

確かに努力が報われないとは嫌だな〜。不運に遭わないように努力してても避けられないことっていっぱいあるよね〜。

ちなみに、性暴力被害だけでなく、被害の程度が大きくなるほど被害者に問題があったと疑われやすくなる。

ディアボロ先生
ディアボロ先生
マー君
マー君

なんとなく分かってきた気がするよ。でも、どうして性暴力の被害者ばかりが責められることが多いんだろう。殺人事件ではこういう責められ方ってしないよね?

なぜ性暴力被害者が声を上げづらいのか?

まず、女性は小さい頃から自分の行動を注意しなさいと言われ育てられる。もちろんこれは大事なこと。だけど、これは親が子どもに言う事であり、社会全体としてこの事ばかりに注視(ちゅうし:注目して見続けること)して、肝心の加害者に対する目を向けて来なかった背景がある。これは痴漢についても同じだ。

ディアボロ先生
ディアボロ先生
マー君
マー君

それだと、もし被害にあっても自分の行動が悪いんだって思っちゃうね。それに、他人が被害に遭っても注意してこなかったのが悪いんだよってなりそうだね。

そうだね。それに性暴力被害の加害者の約75%は面識のある人なんだ。だからこそ自分自身に落ち度があったんじゃないかって思い込みやすい。だから被害者の70%近くは誰にも相談せずに警察にも行かないというデータがある。

ディアボロ先生
ディアボロ先生
マー君
マー君

性暴力被害を受けて苦しんで、さらに自分を責めて、もし誰かに相談したら他人から責められるのか。どうしようもないじゃない・・・。

だからこそ、被害者が変わるんじゃなくて、社会が変わらないといけないんだ。被害者の中には勇気を持って名前と顔を出して被害を訴えている人がいる。そんな声に社会が応えないと、犯罪は減らないしそもそも犯罪という認識を持っていない人が増えてしまう。

ディアボロ先生
ディアボロ先生
マー君
マー君

こんなに被害者がいるのに日本は治安の良い国って言ってるのは変だよ。

比較的治安の良い国だけどね。ただ被害者にとってはその言葉も虚しいね。問題があるならやっぱり改善していかないといけないね。

ディアボロ先生
ディアボロ先生

性暴力は表に出ないだけであって非常に多いものだという事を知らないといけないです。そして、男性は女性から同意を得なければ性暴力になる可能性があることも知っておかなければいけません。明らかな犯罪者は別として、犯罪というつもりではなくとも勝手な思いによって他人を傷つける事があるかもしれません。そういった事を下の動画にまとめて見ました。

西 友広
  • 西 友広
  • 趣味:映画鑑賞(ジャンル問わず)
       山登り